キハ181系 特急形気動車


予讃本線 高松駅 「しおかぜ5号」
(1983年3月)

土讃線 讃岐財田駅
(1985年3月15日)

予讃線 讃岐塩屋〜丸亀間
(1993年元日)



 キハ185系の登場までは四国で唯一の特急車両であり、王者として君臨していた。国鉄時代、私が最も好きだった車両である。


 1968年10月のダイヤ改正で、それまでの国鉄気動車の枠を超える画期的な新系列高性能気動車として中央本線 名古屋〜長野間特急「しなの」として登場。

 自動変速式の液体変速機、電気連結器や自動解結装置、横軸式のマスコン&ブレーキハンドル、心皿の無い2軸駆動台車、車輪ディスクブレーキ(後期形のみ)など、いずれも国鉄量産型気動車では初めてという数々の新機軸が搭載され、エンジンはDML30HSC形(水冷水平対向12気筒30リッター ターボチャージャー:500ps)を搭載して最高速度は120km/hと、当時としては最新鋭の国鉄最強&最速の高性能気動車であった。



 その高性能を生かして、1972年3月のダイヤ改正から東京〜秋田間特急「つばさ」として、東北本線では最高120km/hでの営業運転を行い、上野〜福島間269.2kmを3時間で走破するという電車特急「はつかり」「ひばり」「やまびこ」などとまったく互角の走りを披露し、奥羽本線では板谷峠の峠越えに活躍した。


 四国に登場したのは1972年3月の山陽新幹線岡山開業のダイヤ改正の時で、32両が高松運転所に新製配置されて活躍を開始、運転最高速度こそ低かったが、その500PSのパワーは四国山地の山越えに威力を発揮した。その後は他線区からの転入もあり、最終的には44両が在籍していた。

 なお、世間に出ている書籍等の一部では、1972年四国特急登場時に投入されたキハ181系は本州からのお下がりなどと記載されているモノがあるがこれは真っ赤な嘘で、この時投入された26両は四国特急向けに新たに製作されたれっきとした新車であり、キハ181系としては最終グループとなる。


 総勢158両が製造され、非電化山岳路線のスピードアップに貢献したが、電化の進展と新型高性能気動車の登場により、現在は山陰本線でしか見ることが出来ない。が、現在でも大阪から鳥取方面に向かう特急「はまかぜ」などでは、水平対向12気筒ターボエンジンの轟音を響かせて山陽本線を120km/hで驀進する姿が見られる。



 四国でもJR化後は特急列車の運転最高速度が110km/h(後に120km/h)に引き上げられ(国鉄時代の四国の特急の運転最高速度は95km/hであった)、老体に鞭打って高速走行する181系の姿が見られた。


 2000系振子気動車の登場後もしばらく活躍を続けていたが、予讃線電化完成に伴う8000系量産車の登場によってついに第一線を退き、1993年3月のダイヤ改正をもって20年余りにわたる四国での活躍にピリオドを打った。


 その先頭車(キハ181形)と中間車(キハ180形)のトップナンバー(キハ181−1とキハ180−1)は、1973年に名古屋機関区から高松機関区に転属して以来四国で活躍を続けていたがこれらも廃車となり、現在はデビューの地である愛知県の佐久間レールパーク内に、国鉄時代の塗装に戻されて保存されている。


 上写真左(上)は国鉄時代の塗装で、右(下)は瀬戸大橋開通に合わせるようにして塗色変更を受けた四国カラーで、185系とよく似た塗り分けになっている。



 国鉄末期、全国的に特急列車の短編成化&増発が推進され、それによって不足する先頭車を捻出するため、中間車キハ180形に運転台を取り付けて先頭車化した改造車が登場し、キハ181形100番台と付番された。
 この車両は四国に4両、山陰に1両の合わせて5両が登場したが、既に全車両姿を消している。


 キロ180形は基本となる0番台車の他、食堂車の連結の無い四国専用車として車販基地を備えた100番台車(4両)、0番台車を四国に転属させた際に車販基地の設置改造を行った150番台車(2両)、それに四国地区での特急増発に伴ってキハ180形をグリーン車化改造した200番台車(2両)の4種類が存在したが、四国からキハ181系が姿を消した今、残存するキロ180形は京都総合車両所の0番台車4両のみと、風前の灯火である。


 この他に、エンジンを搭載しない付随食堂車が14両製作されたが、1982年の特急「やくも」電車化の際に全車廃車された。



 2005年4月1日現在で現存するキハ181系は全車JR西日本の所属で、京都総合運転所(旧向日町運転所)に26両、下関地域鉄道部に6両の計32両であるが、このうち下関所属車は保留車の扱いとなっている。



キハ181形 型録



形式 キハ181形
0番台
キハ181形
100番台
キハ180形 キロ180形
100/150/200番台
キロハ180形
キハ181−1キハ181−102キハ180−3 キロ180−104
国鉄時代の100番台車
画像捜索中
(^^;
 発電装置を搭載する先頭車で、自車を含めて5両に給電可能な発電機を搭載している。
 トイレ設備は無く、運転室背後の機器室にはラジエター等が搭載され、その関係で屋上の放熱器は省略された。
 国鉄末期からJR初期の頃にかけ、キハ180形からの改造で登場した先頭車。
 その為トイレ設備を有するが、その他は基本的に0番台車と同一のため、乗車定員が0番台車より4名少なくなっている。

 細かい点では、実は48名の定員を確保するために、機器室の長さが0番台車よりも315mm短いほか、放熱器の駆動方式にも若干の差異がある。
 屋上の放熱器が特徴的な中間車。
 トイレ・洗面所を有し、1ドアで乗車定員はキハ181系中最大の76名。
 放熱器に隠れて見えないが、屋上には分散式の冷房装置を6基搭載している。

 上画像は名古屋から転入してきた元「しなの」用の初期車(キハ180−3)で、トイレ窓と方向幕の位置がずれているのが初期車の証。
 中間グリーン車で、出入台反対側車端部にトイレと洗面所を有する。
 100番台車は四国向けに新製されたグループで、食堂車の連結が無いことから出入台側車端部に車販基地が備えられ、そのための小窓が設置されているのが特徴であり、4両が登場した。
 床下機器類の配置はキハ180形と同一だが、屋上の分散式冷房装置は1つ少ない5基となる。

 150番台車は、昭和48〜50年の四国特急増発のため、本州から転入した0番台車に車販基地を設置して、その為の小窓を開ける改造を施されたグループで、種車の違いにより側面方向幕とトイレ窓の位置が同じモノとずれているモノと2種類が各1両づつ存在した。

 JR化後にさらに特急増発を行うため、キハ180形2両をグリーン車化したのが200番台車である。
 キロ180形を半室普通車に改造したグループ。
 四国のキロ180形は全てこの形式に改造され、8両が存在した。

発電用エンジンの排気管

機械室後端、前位側に
向かって右側にあった
1985年10月16日
土讃本線 阿波池田駅
こんな画像しかなくてすまぬ(^^;

非常に判りにくいが、
妻面のアンチローリングダンパ

国鉄時代の特急には
大抵装備されていた
四国のキハ181系の場合、
瀬戸大橋開通前後から
徐々に撤去され始めたようだ

1990年12月
岡山駅
キハ181−43の客室
から機械室側を見たところ

1987年4月7日
土讃本線 須崎駅
国鉄標準の回転クロスシート
が並ぶオリジナルの客室

(キハ180−72)
1985年5月26日
予讃本線 高松駅
リクライニングシート化
されたキハ180形
日よけはブラインドのまま

(キハ180−??)
1990年12月31日
予讃本線 高松駅
寸法21,300 mm
2,903 mm
3,955 mm4,087.3 mm
重量44.6 t44.8 t42.0 t42.5 t45.2 t
車体普通鋼
機関形式
出力
DML30HSE
500PS/1,600rpm
変速機 DW4E
(変速1段・直結1段自動変速)
最終減速比2.362
ブレーキ方式 機関ブレーキ付
CLE
ブレーキ装置車輪ディスク
台車形式DT36駆動台車 DT36/TR217 (初期車)
DT40駆動台車 DT40/TR219 (後期形)
許容最高速度120 km/h
車体構造・客室1扉リクライニング
冷房装置AU13S × 4AU13S × 6AU13S × 5
乗車定員52487648 グリーン:24
普通:18

※四国に在籍していた形式・番台のみ掲載

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