宇和島駅 (予讃線)
駅番号:U28/G47

住所愛媛県宇和島市錦町
開業日1914年10月18日
電略ウワ
標高2m
乗降客数 (1981年)2,699人(乗車人員
(1983年)2,439人(乗車人員
(1985年)2,320人(乗車人員
(1989年)4,506人
(1999年)3,702人
(2009年)1,417人(乗車人員
(2014年)2,738人
(2017年)1,290人(乗車人員
(2022年)1,726人
形態櫛形2面3線
主な設備 みどりの券売機プラス
ワーププラザ
セブンイレブン
リトルマーメイド(ベーカリー)
◇
コインロッカー
◇
車deトレイン取扱




 1914年に、宇和島鉄道の駅として開業。
 南予の中心地・宇和島のメインターミナルで、JR四国グループのホテルクレメントプラザと一体になった駅ビルを有する。

 高松とともに四国内では数少ない「櫛形」ホームを有する終着駅である。

 2021年度末に、みどりの窓口が閉鎖されて代わりにみどりの券売機プラスが設置された。


 駅前にバスターミナルがあり、宇和島自動車などの路線バスや高速バスが発着している。

※宇和島自動車


 上り方場内。


 ホームは行き止まりの櫛形2面3線。

 片面の1番と、両面の2/3番を持つ。
 1番ホームは主に特急が発着する。

 現在は、1〜2/3番線と改札口は、ホームと同じ高さの通路で結ばれて、車止めが各線に備えられている。
 国鉄時代は1〜3番線を1本に集約する形でこの先さらに線路が延び、改札/1番ホームと2/3番ホームは構内通路で結ばれていた。1番線の先端、車止めのあたりが少しカーブしているのがその名残。

 また非電化区間の終着駅らしく、1/2番線の間には給油装置が備えられている。

 2番ホームの下に残る、かつてのスロープや構内通路の跡。

 点字ブロックも備えられていた。

 3番線脇には、保線用の側線群と機回線がある。

 2025年3月改正から、八幡浜〜宇和島間で特急「宇和海」のワンマン運転が開始されたのに伴い、1番ホーム松山側の4両編成の停止位置に確認用のモニター装置が設置された。

 北側の踏切から見た、構内全景。

 軽油の地下貯蔵タンクと、供給用の装置一式&パイプ。




 1/2番線の間にある、給油装置。

 1番線が最大で8両編成に(ぎりぎりで)対応しているため、かつては給油装置も8基が備えられていたが、2025〜26年度(恐らく)に給油装置が新しいタイプに更新された際に6基に減らされている。
 左画像2〜3枚目が、撤去された給油装置の真新しい痕跡。

 こちらは待合室側から。

 駅舎入って正面に改札口、左手にコインロッカーと待合室、みどりの窓口とワーププラザは右側にある。

 駅名標。

 このほかに吊り下げタイプもある。

 1番ホームにある駅名標の裏側は、駅ナンバリングのシールが貼られていない(2008年当時)。


※2008年4月12日撮影



 2023年当時の様子。


※2023年5月13日撮影


 2022年当時の駅舎と待合室の様子。


※2022年10月6日撮影

 2018年当時の様子。

 駅前には宇和島鉄道の1号機関車(レプリカ)が展示保存されている。


※2018年3月7日撮影

 2008年当時の様子。

 かつて1番ホームの隣にはもう1本ホームがあり、当時の白線がこの時点ではまだ残っていた(左画像4段目)。


※2008年4月12日撮影


 2006年当時の駅ビル。

 当ページTOPの画像と比べると、椰子の木の成長具合がよく判る。


※2006年5月27日撮影



 2003年当時の様子。


※2003年9月17日撮影



 2000年当時の様子。


※2000年2月1日撮影

 竣工から間がない、現行駅ビル。


※1998年9月14日撮影


 現行駅舎が建築中だった、1997年当時の様子。


※1997年6月7日撮影

 民営化直後の頃、宇和島駅で停車中のキハ181系「しおかぜ」。

 1番ホームの向こう側の0番ホームはまだレールが残っていた。
 また、画面左下端には、2番ホームから構内通路へ下りてくるスロープが見える。


※1987年4月9日撮影

〜宇和島運転区〜

 駅の北側にある、宇和島運転区。

 現在は車両の配置は無いが、特急「宇和海」などに乗務する乗務員が配置されている。
 乗務員詰所は、画像右手前の駅寄りの所にある。
2018年3月7日撮影

2026年9月30日撮影

 ”ほぼ”全景。

 機関庫とターンテーブル。

 左上画像は2018年3月7日撮影で、期間庫は2024年度末に、転車台も約1年後の2025年度末に撤去されてしまった。


 ↓2023年5月13日時点で既に骨組みだけとなっており、この時点では観光施設への再生計画もあったが、そのまま立ち消えとなってしまった模様である。
 

 機関庫裏手から。


※2018年3月7日撮影

 期間庫撤去跡。


※2026年9月30日撮影

 機関庫裏で寛ぐぬこ区長(違w





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