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四国の初詣臨時列車について、現時点で可能な範囲で個人的に調査したものを、主な列車名ごとにまとめてみた。 なお、列車名の無い臨時普通列車や、市販の時刻表に掲載されない個別・単発の団体臨時列車については基本的に割愛させていただく。 「はつはる号」(予讃線)
「やくし号」「初詣やくし号」「やくおうじ号」(高徳・牟岐線) 「初詣こんぴら号」(土讃線) 「琴平初詣号」「こんぴら初詣号」「こんぴら初詣ゆめじ号」「こんぴら初詣初日の出号」「こんぴら初日の出号」(本四備讃線) 本項における内容は、2026年4月時点における個人研究の範囲であり、また今後新たな資料等により追記・改変される可能性があることををお断りしておく。 |
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予讃線・土讃線経由で松山〜琴平間に運転されていた、金刀比羅宮初詣臨時列車。 運転開始時期ははっきりしないが、1964年の正月が初だという情報も見受けられる。 設定当初は旧型客車列車で編成は全車指定席の6両を基本とし、列車種別は当初から急行列車だった。 客車は運転時点で使用可能な車両を寄せ集めて編成していた模様で、急行形43系なら当たり、鋼体化のオハフ61が当たれは不運という感じであったろうか? ただ、当初は市販の時刻表に掲載されておらず、団体臨時の扱いであった可能性や、また四国が独自に運行してたため等の理由が考えられる。 実際のところ、地元駅の窓口に「はつはる号」運転の案内チラシが置いてあったことから、初めてその存在を知ったという交友関係諸兄の証言が複数ある。 牽引機関車は1981年まではDF50形、1982年からDE10形の牽引となった模様。 特に1981年は、ステンレス帯の元お召機であるDF50−26が日の丸シールを貼付して充当されたという記録がある。 1982年および1983年の正月は、やはり市販の時刻表への掲載は無いが、例えば小型版の時刻表(「コンパス時刻表」等)には「はつはる号」をはじめとする初詣列車の運転に伴うと思われる一部の普通列車等の時刻変更については掲載されている。 (コンパス時刻表1982年1月号) (コンパス時刻表1983年1月号)この変更時刻部分が、この下↓の1984年の「はつはる号」の運転時刻にほぼ合致することから、「はつはる号」運転に伴う変更とみてまず間違いないと思われる。 「はつはる号」が一般臨時列車として市販の交通公社時刻表に初めて珪砂入れたのは、少なくとも現在当方手持ちの時刻表で確認できる範囲では、1984年の正月が初出である。 1984年は、交友関係諸兄の撮影画像より35系×5両+43系×1両で組成されていたらしいことが判明している。 (交通公社時刻表1983年12月〜1984年年1月合併号より)1985年の正月は50系客車に置き換えられた。 その年は7両編成、翌1986年は6両編成であったが、1987年の編成数は不明(そもそも50系かどうかも不明)。 (交通公社時刻表1986年1月号より)1986年の「はつはる号」(6両編成)
1988年に急行列車のままキハ185系化。 編成は1988年・1989年ともに6両だったという情報がある。 瀬戸大橋ができてから最初の運転となる1989年元日の時刻。 (JR四国ポケット時刻表・1988年冬の臨時列車版(予讃線)より)停車駅に関してはこの時期(〜1991年まで)が最も多かったようである(特に帰路の下り列車)。 また、列車名に「1号」「2号」が付いているのが確認できるのは、現時点ではこの年だけである(この前後の年を調べる必要があるが)。 列車種別が明記されていないが、列車番号の十の位が「0」であることから恐らく急行列車である。 ただ、JR四国の場合は1990年前後に定期&臨時特急列車に百の位が「0」にならない列車番号を付与していたことがあるので油断はできないが…( 1990年は車種も編成も不明だが、某動画サイトに撮影年不明でJR四国色キハ58/65形の4両編成の「はつはる号」の静止画と出入台デッキで撮影した走行映像が投稿されており、消去法で考えると当該は1990年正月の可能性が高いと思われる。 (JR時刻表1990年1月号より)1991年はキハ58系「旅立ち」を使用した4両編成で運転された。 (JR時刻表1990年12月号より)座席指定券は、愛媛県内でしか購入できなかった。 1992年は再びキハ185系で運転。 この頃から停車駅に関しては縮小傾向に向かった。 (JR時刻表1992年1月号より)座席指定券の発売エリアが、前年まで「愛媛県内」から「四国内」に拡大されている。 1992年の「はつはる号」
1993年は2000系気動車が投入されて特急列車に格上げされた。 1993年の「はつはる号」
しかし、1994年には種別は特急のまま、使用車種が再びキハ185系に戻された。 これ以降は列車種別および使用車種に変更は無く、編成両数のみが年によって変動していた模様である。 なお、従来全車指定席だったものが、この頃から全車自由席車となった。 少なくとも1996年の正月は、全車自由席車の3両編成での運転となっている。 (JR時刻表1995年12月号より)1996年の「はつはる号」
(3枚とも) 土讃線 琴平駅 1996年1月1日
(JR時刻表1996年12月号より) (JR時刻表1997年12月号より) (JR時刻表1999年12月号より)運転が確認できる最後は2002年の正月 (JR四国NEWS−No170より)で、翌2003年の正月からは運転が無くなり (JR四国NEWS−No182より)、以後一般臨時列車としては復活することなく現在に至っている。なお「はつはる号」の設定以降も、松山〜琴平間にはそれとは別の初詣(というか金毘羅参り)団臨が運転されることがあった。 使用車種と編成は様々で、1991年にはアイランドエクスプレス四国が使用されている。 2020年の正月には、2700系気動車3両編成を使用した単発の金刀比羅宮初詣団体臨時列車「はつはる号」が運転されたが、運転区間は土讃線の高知〜琴平間で、往年の「はつはる号」とのつながりは全くない。 |
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3つとも、徳島県・日和佐にある薬王寺への初詣列車。 ただし、列車名としてはこの3つが同時に設定されていた時期は無く、それぞれの列車名が使われていた時期は異なる。 〜「やくし号」登場〜 最も古いのは「やくし号」で、正確な運転開始時期ははっきりしないが遅くとも1970年代には既に設定されており、もしかすると1960年代「はつはる号」より少し後の時期の可能性もある。 キハ58系を使用した全車指定席の臨時急行列車として設定されたが、市販の交通公社時刻表に掲載されるようになったのは、「はつはる号」と同様に1980年以降である。 設定当初の運転区間は高松〜牟岐間で、朝高松出発→夕刻高松帰着のダイヤで、高松〜徳島間を定期急行「阿波」と併結になるか、または全区間が定期急行「むろと」との併結となっていた(併結相手と区間は年によって異なっていた模様)。 運転日は元日のみならず正月三が日のほか1月末までの間の週末を中心に複数回運転された。 編成は3両を基本として、年によって多少変動していた模様である。 このほか「やくし号」を補完する臨時「むろと」が運転されていた年もある(全車自由席車)。 1984年の正月は、下りが全区間「むろと1号」と併結。 上り列車は全区間で臨時「むろと52号」と併結のうえでさらに、徳島から「阿波12号」も併結する三階建て併結列車で7両編成であった(上り方から順に「やくし」「むろと」「阿波」の順で連結)。 なお、臨時「むろと51/54号」は高松〜徳島間が「阿波」と併結となる。 (交通公社時刻表1983年12月〜1984年1月合併号より)牟岐← むろと1[58 + 28 + 65 + 58] + やくし[58 + 28 + 58(1100)] 阿波12[28 + 58] + むろと52[65 + 58] + やくし[58 + 28 + 28] →高松 1986年の正月は、運転区間が高松〜日和佐間に変更となった(「臨時むろと」も同様)。 下り列車は全区間が「むろと1号」と併結で、「むろと1号」は当然牟岐行であるが、「やくし号」は日和佐止まりの扱いとなっている。 上り列車も同様な扱いで、全区間「むろと4号」との併結となる。 日和佐駅で分割併合作業を行っていたとは考えにくく、日和佐〜牟岐間は当該車両のみ締め切り扱いとしていた可能性がある。 (交通公社時刻表1986年1月号より)1987年正月は、再び高松〜牟岐間の運転となっている(「臨時むろと」も同じく)。 併結相手は前年と変わりはなく、併結状態で6両編成(「やくし」が下り方)。なお、「やくし」編成の内1両が四国団臨色のキハ58形だった模様。 (交通公社時刻表1987年1月号より)牟岐← むろと1/4[28(3000) + 65 + 58] + やくし[28(団) + 65 + 58] →高松 1988年の正月も、ほぼ同様のダイヤおよび編成で運転された。 1988年4月のダイヤ改正で、高松〜徳島間の急行「阿波」が全て特急「うずしお」され、それまでの牟岐行急行「むろと」が「阿波」に改称された。 その関係で、1989年正月の「やくし号」は往復ともに全区間がその「阿波」との併結となった。 1990年の正月は市販の時刻表(JR時刻表および交通公社時刻表)に掲載されていないが、「やくし」にキハ58系「旅立ち」が充当されているのが、交友関係諸兄により記録されている。 牟岐← 阿波1/4[58 + 65 + 58 + 65] + やくし[28(旅) + 58(旅)] →高松 (1月1日) 牟岐← 阿波1/4[58 + 65 + 58 + 28] + やくし[28(旅) + 58(旅)] →高松 (1月2日) 〜急行「やくし号」から特急「初詣やくし号」へ〜 1991年の正月からは、「初詣やくし号」に名称変更のうえキハ185系を使用した特急列車に格上げされた。 それと同時に、運転時間帯も従来の昼行から、大晦日から元日にかけての半夜行(大晦日深夜高松発→正月朝高松帰着)1往復のみに変更となり、さらに運転区間も高松〜日和佐間となった。 (JR時刻表1990年12月号より)指定券の発売箇所について、例えば「はつはる号」はこの当時は愛媛県内のみだった(上記記事参照)が、「初詣やくし号」は四国内全域で購入できた。 1992年の正月から、新デザインのHMが掲出されるようになった。 (JR時刻表1992年1月号より)1993年正月も同様のパターンで運転された。 この間、昼行の薬王寺初詣臨時列車の設定は無かったが、やはり当時はまだ昼行列車の需要もあったようで、毎年のように定期「うずしお」に増結の形で団臨扱いの車両が増結されていた模様である。 少なくとも交友関係諸兄の撮影画像では、1991〜94年の間毎年運転され、なかには「うずしお」の増結編成側に初詣列車HM(円形)が掲出されている様子も確認でき、コレが数年後の「やくおうじ号」の設定に至った可能性は高い。 〜特急「やくおうじ号」登場〜 はたして1995 or 96年の正月からは、かつての「やくし号」の流れをくむ昼行の臨時特急「やくおうじ号」が、高松〜日和佐間に設定された。 車両はキハ185系で、高松〜徳島間は往復とも定期特急「うずしお」に併結となった。運転日も元日のみならず正月2日も運転された。 この時点では半夜行の「初詣やくし号」も大晦日〜元日運転で存置され、昼行の「やくおうじ号」との二本立てでという体制がこのあと数年間続いている。 なお「初詣やくし号」は半夜行という特性上、往復とも全区間単独運転である。 また「やくおうじ号」は設定当初から全車自由席車で、「初詣やくし号」もこの時期から全車自由席車に変更となった。 (JR時刻表1995年12月号より)1997年の正月は、上りの「やくおうじ号」が2本に増発され、列車名にも号数が併記されるようになった。 (JR時刻表1996年12月号より)1998年の正月は再び上下各1本に戻されたが、列車名の号数併記は継続された(号数併記は現在にまで至ってる)。 (JR時刻表1997年12月号より)1999年または2000年の正月から、「やくおうじ号」の上り列車は全区間単独運転となった。 下り列車は引き続き、高松〜徳島間のみ「うずしお」に併結。 (JR時刻表1999年12月号より)2001年または2002年の正月から、「やくおうじ号」の運転区間が高松〜牟岐間に変更となった。(2002年は牟岐、2001年要調査) 同時に、運転日が正月3が日に拡大された。 なお「初詣やくし号」の運転区間は、引き続き日和佐まで。 〜「初詣やくし号」廃止〜 半夜行の「初詣やくし号」は2003年正月から運転の記載が無くなってしまい、結局2002年正月が最終運行となった。 (JR四国NEWS−No170より)↓ ↓ ↓ ↓ (JR四国NEWS−No182より)これ以降は昼行の「やくおうじ号」(高松〜牟岐間)のみの運転となっている。 (JR時刻表2004年12月号より) (JR時刻表2004年12月号より) (携帯全国時刻表2008年1月号より)2009年または2010年の正月から「やくおうじ号」の運転区間が再び高松〜日和佐間に変更された。 (JR時刻表2010年1月号より) (JR時刻表2014年1月号より)2015年または2016年の正月から、上り列車の徳島〜高松間が廃止された。 これで、下りが高松〜日和佐間、上りが日和佐〜徳島間と上下で運転区間が異なることになった。 (JR四国NEWS−No338より)2020年の正月から下りの「やくおうじ号」も高松〜徳島間が廃止されて、上下とも運転区間は徳島〜牟岐間に変更となり、ついに長年の高松乗り入れが無くなってしまった。 (JR四国NEWS−No374より) (JR四国NEWS−No386より)これ以降、2026年の正月まで定番の初詣臨時列車として引き続き運転されている。 ただし、2021年正月と2022年正月の2年間は、Covid19の影響により運転を取りやめている。 少々ややこしい「やくし号系統」の大雑把なまとめ表
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「初詣こんぴら号」
高知〜琴平・善通寺間の初詣一般臨時列車。 金刀比羅宮初詣列車としては比較的歴史は浅く、民営化後に運転を開始し、運転期間も10数年程度であった。 現時点では1980年代の運転は確認されず、1991年正月が初出である。 1991年正月は、当時最新鋭の2000系気動車が5両編成で充当された。 (JR時刻表1990年12月号より)指定券の発売箇所は、高知・徳島県内に限定されていた。これは同時期の「はつはる号」が愛媛県内でのみ発売だったのと同様である。 なお、時刻表ではこのように全車指定席車という表示があるが、下画像のように実際は5号車が自由席表示となっており、正直ヨクワカラナイ(笑) ちなみに、善通寺駅では編成を留置する余裕が無かったことから、善通寺〜多度津間を往復回送されていた。 1992年の正月はキハ185系の5両編成に変更されたが、何故か停車駅を減らされたうえで列車種別が急行列車に格下げとなった。 (JR時刻表1992年1月号より)「はつはる号」と同様、この年からは四国内全域で指定券の購入が可能となった。 1992年正月の「初詣こんぴら号」(5両編成)
1993年の正月は再び特急列車に格上げされた(戻された)が、編成は2両編成に縮小。 1994年または1995年の正月から、それまでの全車指定席車から全車自由席車に変更となっている。 1996年の正月には、再び2000系に車種変更となった。編成は2両で全車自由席車。 (JR時刻表1995年12月号より)これ以降は、使用車種・編成に大きな変化は無かった模様である。 (JR時刻表1996年12月号より) (JR時刻表1997年12月号より) (JR時刻表1999年12月号より)最後の運転は2002年の正月で、2003年の正月から運転が無くなった。 (JR四国NEWS−No170より) (JR四国NEWS−No182より)高知から琴平・善通寺への初詣列車は1964年の正月に運転された「あけぼの」が最初ではないかとも言われ、そのサボも現存するが、一般臨時なのか団臨なのか、また列車種別や編成など不明な点が多い。 なお、この「初詣こんぴら号」の前身(上記「あけぼの号」のなれの果てかもしれない?)とも言える列車が、国鉄時代から1990年まで高知〜琴平・多度津間に半夜行の普通(快速)列車として運転されている。 (交通公社時刻表1986年1月号))小生は実際にこの年のこの9246Dに乗車したが、当時の急行付属編成(キハ65+キハ58)を2本連結した4両編成で、琴平到着時点の乗車率はざっと4割、同発車時は約6割だったと、当時のメモに記している。 |
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「琴平初詣号」「こんぴら初詣号」「こんぴら初詣ゆめじ号」「こんぴら初詣初日の出号」「こんぴら初日の出号」
瀬戸大橋開通後、岡山から善通寺・琴平への初詣列車が運転されるようになった。 初めての運転は1989年の正月で、列車名は「琴平初詣号」であった。 211/213系を使用。一部はパノラマサルーンゆめじを使用したグリーン車指定席を連結し、当該列車のみ指定券発行のための号数が付与されていた。 (JR四国ポケット時刻表・1988年冬の臨時列車版(予讃線)より)1990年の正月から、大晦日の夜に岡山を出発して復路の瀬戸大橋上で初日の出を見ることのできる「初日の出号」が登場した。 (JR時刻表1990年1月号より)1991年の正月から列車名が変更となり、「琴平初詣」の部分が「こんぴら初詣」の名称に変わった。 運転体系や運転時刻そのものは、ほぼ前年を踏襲している。 (JR時刻表1990年12月号より) (JR時刻表1992年1月号より)1994〜95年頃から2000年頃までの間は、「ゆめじ」が使用されず全列車が普通車自由席車のみで運転された(基本的に213系を充当)。 (JR時刻表1995年12月号より) (JR時刻表1996年12月号より) (JR時刻表1997年12月号より) (JR時刻表1999年12月号より)2003年と2004年の正月は、「こんぴら初日の出号」が「きのくにシーサイド」で運転されたという記録がある。 (JR時刻表2004年12月号より) (JR時刻表2005年12月号より)2007年は「ゆめじ」を使用した全車グリーン車(一部自由席)の1往復のみとなった。 (携帯全国時刻表2008年1月号より)さらに2009年からは上下で列車名が異なり、下りが「こんぴら初日の出号」上りが「こんぴら初詣号」の愛称となった。 (JR時刻表2010年1月号より)この2010年の正月が最後の運転となっており、2010年10月15日発表の公式プレスリリースによる初詣列車の一覧からは、岡山からの初詣快速列車は姿を消してしまった。 (JR四国公式プレスリリース:2009年10月16日より)↓ ↓ ↓ ↓ (JR四国公式プレスリリース:2010年10月15日より)これ以降、岡山からの金刀比羅遇初詣臨時列車はツアーなどの突発的な団体臨時列車のみとなっている。 なお、2019年の正月から観光列車「La Malle de Bois(ラ・マル・ド・ボァ)」を使用した臨時快速が1日1往復運転されており、実質的に「こんぴら初詣号」の後継と言えるかもしれない。 運転日は、2019年から2022年までは元日のみ、2023年以降は正月三が日に拡大している。 |
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