気動車普通列車

土讃本線 快速
7243D(243D)
高松発阿波池田行
7242D(242D)
阿波池田発高松行
1985〜86年


急行「成り下がり」のサービス列車であった7243D〜7242D

阿波池田←(7243D)←高松
阿波池田→(7242D)→高松
1号車2号車3号車4号車
キハ58
(四カマ)
キハ65
(四カマ)
キハ28
5200
(四カマ)
キハ58
(四カマ)

※キハ58はキハ57に変わる場合あり


 列車通学をしていた当時、土曜日の帰宅時によく乗車していた列車。

 1985年3月のダイヤ改正で、急行「土佐」を阿波池田〜高知間廃止のうえで、快速に格下げして誕生した列車であり、車両は急行列車時代の急行基本編成がそのまま継続使用され、もちろん3号車のキハ28−5200も普通車自由席の扱いであった。

 当時の予讃線某駅〜土讃線某駅間は、他の普通列車だと早くても50分以上かかっていたが、この列車は格下げ前の急行時代と変わらない32〜33分運転という「高速運転」を維持し、停車駅も急行時代の停車駅に宇多津と讃岐財田が加えられただけであり、キロ格下げのキハとも相まって、非常に乗り得な出血大サービス列車であった。
 実際、当時この区間に設定されていた6往復の急行列車のうちの半分以上は、これらの快速列車よりも遅かった。

 7243D→7242Dで、高松〜阿波池田間を往復する運用で、これは格下げ前の急行「土佐」の阿波池田〜高知間をそのまま切り落としただけであった。


 1985年3月ダイヤ改正は、それまでは改正ごとに列車の削減を行っていた当時の国鉄が、民営化を控えて一転して大幅な列車(特に普通列車と快速列車)の増発を行った改正であるが、増発された列車の一部は、「ご利用状況によっては廃止しますよ〜」という意味の「試行列車」とされ、それらの列車は7000番台の列車番号(本来は「季節列車」の番号)で表示された。
 翌年1986年3月の改正で、この「試行列車」の制度はなくなり、結果的にはほとんどの試行列車がそのまま定期列車に格上げ(?)されている。

 この7243D/7242Dも1年後には通常の定期列車になって、列車番号先頭の「7」が取れている。

 1986年11月改正では、予讃線・土讃線の他の急行列車と同様に、基本編成が1両減車(1号車をカット)されるとともに、多度津〜阿波池田間が各駅停車に変更されて、乗り得感が大幅に減退した(苦笑)

 この列車も1988年4月改正で姿を消した。


 NSRでは、この列車がもっとも乗り得列車だった1985〜86年当時を再現。


高松発阿波池田行 快速7241D
(1985年3月14日)
阿波池田発高松行 快速7242D
(1985年3月17日)
1号車(画像手前の車両)はキハ57形

阿波池田〜高松間の所要時間は1時間19分で、
表定速度は58.1km/h(!)であった




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