<架空鉄道「JRT四国」のページ>


寝台特急「伊  予」
(東京〜松山間)
EC710系
1往復





EC710系電車×6両編成

松山行
1号車
松山行
2号車
松山行
3号車
松山行
4号車
松山行
5号車
松山行
6号車
東京行
7号車
東京行
8号車
東京行
9号車
東京行
10号車
東京行
11号車
東京行
12号車

※多度津〜東京間「土佐」と併結運転
※3/4/9/10号車の指定席は、個室座席車(シングルシート)です
※3/5/9/11号車にシャワールームがあります
※4/5/10/11号車に自販機があります
※4/10号車にAEDがあります
※1/2/6/7/8/12号車の一部にシングルツインがあります


↓サイドビュー



 東京〜松山間の夜行寝台特急。
 東京〜高知間の「土佐」と共通運用の振子式寝台電車710系の6両編成により、1往復が運転される。

 エクストラシートが2両、ソロが3両、それにシングルDXとデュエットの合造車が1両の6両編成。

 愛媛県(および香川県西部)〜首都圏間の輸送に特化するため、岡山駅ですら客扱いを行わない運転停車の扱いとなっている。



運転時刻
(全夜行列車掲載)
(東京〜児島間全停車駅掲載)
<下り>
<上り>




STORY

 1988年4月1日改正で「瀬戸1・4号」として登場、当時は客車編成で、東京〜多度津間は「土佐(当時の愛称は「瀬戸1・4号」)」と併結運転。また、観音寺〜松山間はDL(DE51形)牽引だった。


 90年3月10日改正で全区間EL(EF161形)牽引となった。


 92年3月18日改正で単独運転となると共に、愛称を「四国」に変更。
 機関車牽引列車ながら、最高速度は120km/hとなり、所要時間は下り11時間35分/上り11時間40分。


 94年3月18日改正で「伊予」に改称。


 98年9月1日改正で700系振子電車化され、下り10時間39分/上り10時間35分と、約1時間の所要時間短縮を達成すると共に、東京〜多度津間で「土佐」との併結運転となった。あわせてヘッドマークデザインも現在のモノに変更された。


 99年4月10日改正からは「阿波」の登場に合わせて東京〜児島間で同列車を併結。


 2000年4月1日改正で分割・併合箇所を宇多津に一本化。なお、宇多津は運転停車の扱い。


 2006年4月1日改正では、「阿波」の廃止に伴い、「土佐」との分割・併合箇所が多度津に変更となった。
 また、全車禁煙車となった。
 このほか、岡山駅が運転停車の扱いとなり、客扱いを行わなくなった。


 2010年3月13日改正で、シングルDXとデュエットが1両にまとめられる形で、1両減車の6両編成となり、「土佐」と共通運用となった。


 2014年3月22日改正で、新型振子式寝台電車EC710系に置き換えられた。
 また、パイパス路線の開業に伴い同線経由に変更となり、今治を経由しなくなった。



<前史>

 1956年11月改正で、高松桟橋〜宇和島間の不定期準急として登場。
 当時はC58牽引の客車列車であった。

 翌57年3月から定期列車に格上げされた。

 1960年2月に1往復が増発され、準急「やしま」も統合して3往復体制となった。
 さらに同年10月には、宇野で接続する準急「鷲羽」増発に合わせて、さらに1往復が増発され、同時に全列車が気動車化された。

 61年4月改正ではさらに6往復に増発。
 同年10月1日改正では、松山〜宇和島間の区間列車が「うわじま」に改称され、5往復となった。

 63年2月改正で、宇和島直通列車は全て「うわじま」に改称されたことから、3往復に減少。これ以後、予讃本線では松山行きが「いよ」、宇和島行きが「うわじま」という体制が確立した。

 65年10月1日改正で4往復に増発。

 66年3月に急行列車に格上げされたが、当時同じ予讃本線を走っていた他の急行「せと」「うわじま」が二等車(現在のグリーン車)はもちろん、一等車も連結していたのに対して「いよ」はそのどちらかが連結されない列車が設定され、「せと」「うわじま」よりやや格下の観があった。

 68年10月1日改正で「えひめ」を統合して5往復となり、この頃が急行列車としての最盛期であった。

 82年11月15日改正で、末端区間が切り落とされた「うわじま」下り2本を統合して、下り7本/上り5本体制となった。

 86年11月1日改正では、「しおかぜ」大増発の影響をまともに受ける形で一気に1往復に削減された。

 88年4月1日の改正で列車廃止となった。



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