(四国における)
優等列車同士の追い越し


〜国鉄時代〜
〜JR四国時代〜
〜四国優等列車新時代〜



 「優等列車」とは、国鉄〜JRにおいては一般的に「急行列車」のことを指す。

 現在のJRの旅客営業規則では、「急行列車」の中には「普通急行列車」「特別急行列車」がある。さらに過去において(国鉄時代1969年まで)は「準急行列車」が存在した。
 このうちの「普通急行列車」が一般的に「急行」と呼ばれる列車で、通常「特急」と呼ばれているのが「特別急行列車」である。

 当然であるが、普通急行よりは特別急行の方が、列車としての格は上になる。



 さて、定期列車で特急が急行(や準急)を追い越すシーンは、国鉄時代の大幹線筋ではごく普通に見られた。
 特に1980年頃までの東北本線や北陸本線や上信越線、新幹線開業前の山陽本線では、当時の時刻表のページを少し眺めるだけで、簡単に追い越しシーンを見つけることができる。


 一方、四国ではそもそも特急の登場が遅くて本数も少なく、しかも急行とセットでネットダイヤが組まれていた。
 また本州の大幹線筋と異なり走行距離も短く、元来急行列車も非電化単線区間としては全国的に見ても比較的高速であったことから特急と急行の所要時間差もさほど大きくはなかったため、予讃線・土讃線ともに多度津以遠の単線区間での追い越しは無かったはずである。

 ↓1972年3月改正当時の予讃本線下り優等列車の時刻。
 

 そんな四国で、果たして優等列車同士の追い越しシーンはあったのか?



 ・・・現在手持ちの時刻表から探してみると、少なくとも国鉄時代に3例とJR時代に1例を見つけることができた。


 そして、さらに驚くべきことまで見つかった・・・!(


 以下、事実に基づいた個人研究の範囲で駄文を書き連ねてみる。
 なお、小生は肝心の追い越しシーンについては撮影できていないのであしからず。
 また、本項においては定期列車として運転されたもののみを扱う。



〜国鉄時代〜

<1972年3月15日改正>

 四国に特急が設定された1972年3月改正で早速最初の事例が発生。
 上りの「あしずり1号」が多度津で9分停車して「しおかぜ1号」に道を譲っている。
 (国鉄四国総局ポケット時刻表1972年3月15日改正号より)

 しかし、このケースは「あしずり」の多度津到着時刻をずらすことでかなり早く解消したらしく、少なくとも1973年10月改正時点では無くなっている。
 (交通公社時刻表1973年11月号より)


<1975年3月10日改正>

 第2の事例は比較的早く再発し、新幹線博多開業時の1975年3月改正で、下り「土佐3号」が坂出で「しおかぜ2号」に追い越されている。
 (交通公社時刻表1975年3月号)

 しかしこれも比較的短期間で解消した


 ↓この当時の「土佐3号」と同じ時刻の列車となる1982年当時の「土佐3号」
 
 (1982年5月5日撮影)



<1977年3月15日改正>

 1977年3月改正では、上記の事例は両列車の順序が前後したことで無くなった。
 (交通公社時刻表1977年3月号)


 と思ったら、同改正で別の事例が発生w

 同じ1977年3月改正では「しおかぜ」が1往復増発されたが、その増発された下りの「しおかぜ2号」が多度津で「土佐2号」を追い越す事例が発生。
 これが3例目となる。
 (交通公社時刻表1977年3月号)


 これは1978年10月改正後も継続し、号数称号改正によってそれぞれ「しおかぜ3号」「土佐3号」となっている。
 (交通公社時刻表1978年10月号)


 この3例目は1980年10月改正で「土佐3号」が廃止されたことによって解消。

 四国において特急が急行を追い越す(定期列車)事例は、”国鉄時代は”この3例のみ(通算約5年)で終わった。


 ↓多度津駅で並ぶ「しおかぜ2号」と「しおかぜ3号」
 

 撮影は1982年11月で既に「土佐」の姿はないが、1980年10月改正までは、この右側(4番ホーム)で「土佐3号」が追い越し(追い越され)待ちをしていたわけである。



〜JR四国時代〜

<1988年4月10日改正〜>

 民営化後の1988年4月改正で「土佐2号」が多度津で「しおかぜ4号」に追い越されるケースが発生し、8年ぶり復活。
 (交通公社時刻表1988年3月号)

 これは1989年3月改正後も継続し、「土佐2号」が「しまんと」に格上げされた1989年7月改正で解消した。
 (JR四国ポケット時刻表1989年3月改正号)


 これ以降は、四国においては急行列車が特急列車に追い越される例(定期列車)は確認できず、結局国鉄〜JRを通じて合わせて4例、期間にして通算6年半ほどだった。



 だがここで、急行列車の声が聞こえてきた。

 「まだだ! まだ終わらんよ!」



<下克上!>

 実は1988年4月改正では逆に「急行が特急に追いつく」事例が発生している。

 高松を「いしづち15号」の2分後に出た「土佐5号」が多度津で追いつくのだ。
 (交通公社時刻表1988年3月号)


 この時は到着と同時に発車されるが、翌年の1989年3月改正では乗継可能なレベルまで完全に追いついてる。
 (JR四国ポケット時刻表1989年3月改正号)

 もっとも、両列車とも高松始発だし坂出で接続する「マリンライナー」も同じ列車なので、わざわざこの両列車を多度津で接続させる意味は無いが…

 また同じ1989年3月改正では、「しおかぜ10号」「あしずり4号」が多度津に同着して「あしずり」の方が先に発車するパターンが出現している。
 (JR四国ポケット時刻表1989年3月改正号)


 1989年7月改正では、急行「あしずり」は全列車が高知〜中村間の運転となり、上記の同着からの先発パターンは消滅した。
 一方の急行「土佐」も残り1往復に減らされて風前の灯火となったが、時間帯を変えて今度は多度津で先行「しおかぜ」に追いつくどころかなんと追い越すダイヤとなった。
 (JR四国ポケット時刻表1989年7月改正号)


 このパターンについては1990年3月改正後も継続している。
 (JR四国ポケット時刻表1990年3月改正号)


 この8ヶ月後の1990年11月改正では、「よしの川」以外の四国内定期急行列車が全廃となり、この「下克上」現象も消えてしまったが、長らく特急に追い越され続けていた急行が、最後の最後で一矢を報いる形となった。




〜四国優等列車新時代〜

<特急同士の追い越し>

 瀬戸大橋開業によって、予讃線の宇多津〜多度津間は予讃線と土讃線と瀬戸大橋線の列車が交錯し、地方の路線としては特に優等列車の運行本数が非常に多くなっている。
 また、特に民営化以降は四国も特急時代となり、優等列車と言えば特急という時代に移行していった結果、ついに特急が特急を追い越すパターンが出現した。


 いまでこそ予讃線の「しおかぜ」「いしづち」は両列車ともデータイム1時間ヘッドで宇多津または多度津で併結作業を行い、また土讃線の「南風」も同じく1時間ヘッドの運転で、予讃線と土讃線合わせて概ね上下とも30分ヘッドの運転となっているが、このような綺麗なパターンダイヤとなったのは「南風」がデータイム1時間ヘッドとなった2001年3月改正からである。

※その少し前の1997年11月改正において、高松・岡山駅における予讃線特急と土讃線特急の発着時間帯が明確に区分されたが、この時点では特に「しおかぜ」「南風」はまだ完全1時間ヘッドではなく、歯抜けの状態となっていた。


 それ以前は、例えは「しおかぜ」と「しまんと」が、また「南風」と「いしづち」が多度津駅のホームで並んで相互に接続を取るダイヤとなっていた。
 上り多度津同着パターンや下りの同発パターンのみならず、(所定時刻では)特急が特急を追い越すパターンも見受けられた。

 以下では、時刻表からそんなパターンを拾い出してみた。


 最初に確認できるのは1989年3月11日改正で、多度津で「しおかぜ7号」が「しまんと5号」を追い越すパターンが見られる。
 


 1989年7月22日改正ではさらに増え、下り3件と上り2件が発生している。
 (下り)
 (JR四国ポケット時刻表1989年7月改正号)
 (上り)
 (JR四国ポケット時刻表1989年7月改正号)
 このほかに、先着先発/後着後発で接続の取るパターンも上下各1件づつみられる。


 1990年3月10日改正では、「いしづち」が「南風」を追い越すパターンが2件と、「しまんと」が「しおかぜ」を追い越すパターンが1件の、合わせて3件となっている。
 このほか、下りに追いついてからの同発というパターンもある。
 (JR時刻表1990年3月号)


 1990年11月21日改正になると、下り上りともに特急同士の追い越しパターンが各2件、上下合わせて4件となっている。この内の上り1件は同着である。
 このほかに、追いついてからの同発が下り2件、同着からの追い越しが上り1件あるばかりでなく、先着先発/後着後発で接続を取るパターンが上下各1件づつある。
(下り)
(上り)
(JR時刻表1990年12月号)



 この時期は、いちいち時刻表を例示するのも面倒な頻度で発生しているので、各改正ごとのパターンを表にまとめてみた(正直、表にまとめるのもめんどくさかった(笑))。
 なお、下記の追い越し接続等は全て多度津駅で発生している。

(件)追い越し列車しおかぜいしづち南 風しまんと しおかぜ

いしづち
しまんとうずしお合計備考
追い越され列車しまんと南 風いしづちしおかぜしまんと しおかぜ

いしづち
南 風
1989年3月改正下り
上り
1989年7月改正下りこのほか先着先発/後着後発接続が1
上りこのほか先着先発/後着後発接続が1
1990年3月改正下り1(*)(*)追いついてからの同発
上り
1990年11月改正下り2(*)2(*)10 このほか先着先発/後着後発接続が1
(*)追いついてからの同発が1
上り1(*) このほか先着先発/後着後発接続が1
(*)同着からの先発
1991年3月改正下り2(*)2(*) このほか先着先発/後着後発接続が2
(*)追いついてからの同発が1
上り1(*) このほか先着先発/後着後発接続が4
(*)同着からの先発が1
1991年11月改正下り3(*1)1(*2)10 このほか先着先発/後着後発接続が2
(*1)追いついてからの同発が2
(*2)追いついてからの同発
上り2(*)2(*) このほか先着先発/後着後発接続が1
(*)同着からの先発が1
1992年3月改正下り3(*1)1(*2)10 このほか先着先発/後着後発接続が3
(*1)追いついてからの同発が2
(*2)追いついてからの同発
上り2(*1)3(*2) このほか先着先発/後着後発接続が1
(*1)同着からの先発が1
(*2)同着からの先発が2
1993年3月改正下り2(*1)2(*)(*)全て追いついてからの同発
上り3(*) このほか先着先発/後着後発接続が2
(*)同着からの先発が1
1993年10月改正下り2(*)(*)全て追いついてからの同発
上り2(*1)3(*2) (*1)同着からの先発が1
(*2)同着からの先発が2
1994年12月改正下り1(*) このほか先着先発/後着後発接続が1
(*)追いついてからの同発
上り3(*)(*)同着からの先発が2
1995年4月改正下り1(*) このほか先着先発/後着後発接続が1
(*)追いついてからの同発
上り2(*1)3(*2) (*1)同着からの先発が1
(*2)同着からの先発が2
1996年3月改正下り
上りこのほか先着先発/後着後発接続が2
1997年3月改正下り
上りこのほか先着先発/後着後発接続が2
1997年11月改正下り
上り
1998年3月改正下り
上り
1998年10月改正下り1(*)
(*)追いついてからの同発
上り

1999年3月改正下り
このほか先着先発/後着後発接続が1
上り

2000年3月改正下り
このほか先着先発/後着後発接続が1
上り
2001年3月改正下り1(*) このほか先着先発/後着後発接続が1
(*)同着からの先発
上り
2002年3月改正下り1(*)(*)同着からの先発
上り
2003年3月改正下り1(*)(*)同着からの先発
上り
2003年10月改正下り1(*)(*)同着からの先発
上り


 1990年代前半が特に多いが、8000系量産車の投入された1993年3月改正以降は明確に減少傾向となり、当然ながら特急増発に比例して減少している。


 多度津駅での4特急勢揃いシーン。
 左から順に「いしづち4号」「南風4号」「しおかぜ3号」「しまんと5号」。いずれも、先着先発/後着後発で接続を取るパターン。
 (1991年7月24日撮影)


 多度津に同時到着する「しまんと8号」「しおかぜ12号」の2000系特急。
 これは厳密には「しまんと」の先着先発/「しおかぜ」の後着後発であるが、このように同着となることもあった。
 (1992年1月2日撮影)


 1994年12月3日改正で初めて、多度津で「しおかぜ」と「いしづち」が併結作業を行っている間に「しまんと」が追い越すという珍パターンが出現している。
 (JR四国ポケット時刻表1994年12月改正号)


 1997年11月29日改正では、「しおかぜ」「いしづち」「しまんと」がそれぞれ3往復づつ一気に増発されたことから、予讃線特急と土讃線特急(特に土讃線)の定時隔化が進んで、相互が多度津で接続を取るパターンは一部例外を除いて基本的に無くなった。


 1998年10月3日改正では、上記パターンの「しまんと」到着時刻が繰り上がって両者の立場が入れ替わった。
 (JR四国ポケット時刻表1998年10月改正号)

 「しまんと」が12分も停車している間に、「しおかぜ」「いしづち」が「しまんと」を追い越している。
 併結作業を行った特急がその間に他の特急を追い越すというのも、なかなか見られない珍現象であったが、さすがにこれは半年後の1999年3月改正で解消している。


 1998年10月3日改正で出現した、「南風1号」が後着して「いしづち7号」と同発となるパターン。
 (1999年3月11日撮影)
 (JR四国ポケット時刻表1998年10月改正号)


 このパターンは、1999年3月13日改正以降は「南風」が「いしづち」を追い越すのが所定ダイヤとなり、当時は四国内で唯一の特急同士の追い越しパターンであったが、「南風」が若干遅延することが多く、時には下画像のように綺麗に併走することもあった。

 (1999年3月14日撮影)
 (JR四国ポケット時刻表1999年3月改正号)


 しかし、これは2000年3月11日改正で解消して特急同士の追い越しパターンはこのときに一旦途絶えた。
 また、先着先発/後着後発で接続を取るパターンも、下りの1件のみとなった。


 2001年3月3日改正で新たに出現した、「南風2号」「うずしお2号」の同着から「うずしお」が先発するパターン。
 (2003年9月17日撮影)

 これ以降は、予讃線特急と土讃線特急が多度津で接続を取るパターンはこの1例のみとなっており、2003年10月1日改正で「うずしお2号」が「いしづち4号」に、その後さらに2014年3月改正で「モーニングEXP高松」に変わってからも2026年現在まで継続している。


 かつては頻繁に見られた多度津駅での特急同士の並び(接続)シーンも、現在は1日に1例のみとなった。

 もし、この「南風2号」「モーニングEXP高松」の並びを見る機会があれば、特に1990年代前半にピークを迎えた、華々しい特急列車たちの競演に思いを馳せてみてはいかがだろうか?



− 完 −




(参考文献等)
・交通公社時刻表 関係各号
・JR時刻表 関係各号
・国鉄四国総局発行ポケット時刻表 関係各号



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