土讃線のキロ程の謎



<はじめに>

 全ての鉄道路線は起点からのキロ程が定められ、所属する各駅にはそれぞれ営業キロが設定されており、それに基づいて運賃や料金が設定されている。
 そして起点からのキロ程を表す標識として距離標(俗にいう「キロポスト」:以下本項においてそのように記載する)が線路脇に設置されている。


 キロポストには甲号・乙号・丙号の三種があり、前二者は大きさや形状に規定がある。
 起点側から進行して、向かって左側の線路脇等に設置されている。
 設置箇所の都合により、またモニュメント的な意味合いも含めて、変わった位置や形状のものが設置されているが、それについては本項では割愛する。

 JR在来線の特に四国の場合は、0.5kmごとに原則として三角形断面+とんがり頭の柱状の大きなものが設置され、それ以外は0.1km刻みで細い四角柱のものが設置されている。

 ↓JR四国のキロポストの例。
(0km)
(6km)
(32.5km)
(198.2km)


 基本的にはこれらキロポストは一度設置されると、老朽化等で取り換えられることはあっても、ルート変更等によって実際の距離が変わって営業キロ程が変更となった場合(「改キロ」という:以下本項において同じ)でも、従来から設置されている区間のキロポストは移設することなくそのままにされる。
 従って、多くのルート変更によって距離が変わってしまっている路線・区間では、営業キロや実際のキロ程とキロポストの数値がずれてくることになる。


 なお、JRの場合、各駅の営業キロは”その駅の中心の位置”を基準に設定されている。
 多くの場合駅中心位置には駅長室があるため、駅長室の位置が基準と誤解されることもあるが、そもそも駅長室の無い駅も多くあり、基準はあくまでも”駅の中心”である。
 以下、本項においては駅の営業キロを定めた地点のことを「基準点」と記載することとする。


 さてJR四国の路線では、特に営業キロとキロポストとの乖離が顕著なのが土讃線である。

 四国の中央部は中央構造線が東西に貫き、土讃線はそれを横断する線形となっている、
 そのため開業当初から地滑りや落石・土砂崩壊等に悩まされ、それに伴うルート変更が行われ、スイッチバック駅も途中に2駅設けられている。


 その結果、現在の土讃線の特に坪尻以南の区間については、営業キロとキロポストとの間にかなりの乖離が生じている。
 現在の土讃線の営業キロについては、例えばJR時刻表2025年3月号ではごらんの通りになっており、土讃線の起点である多度津のキロ程を各駅のキロ程から減じると、起点から各駅までの営業キロとなる。
 以下に一覧表として掲載する。

営業キロ駅名
0.0(多度津)
3.7金蔵寺
6.0善通寺
11.3琴平
17.7塩入
21.6黒川
23.8讃岐財田
32.1坪尻
35.4箸蔵
38.8
43.9阿波池田
47.8三縄
52.3祖谷口
55.1阿波川口
59.8小歩危
65.5大歩危
営業キロ駅名
72.7土佐岩原
76.7豊永
80.4大田口
83.2土佐穴内
87.2大杉
93.3土佐北川
95.5角茂谷
97.6繁藤
103.9新改
111.3土佐山田
112.1山田西町
114.1土佐長岡
116.2後免
119.4土佐大津
121.4布師田
122.7土佐一宮
124.5薊野
126.6高知
営業キロ駅名
127.9入明
128.7円行寺口
130.2
131.3高知商業前
132.7朝倉
136.2枝川
138.0伊野
139.5波川
141.6小村神社前
143.7日下
145.7岡花
148.6土佐加茂
152.4西佐川
154.2佐川
営業キロ駅名
156.0襟野々
158.0斗賀野
163.4吾桑
166.1多ノ郷
167.0大間
168.7須崎
170.6土佐新荘
173.6安和
179.7土佐久礼
190.4影野
192.2六反地
194.2仁井田
198.7窪川


 一方、現在設置されているキロポストについて、主だった駅構内のわかりやすいものを例示すると・・・
善通寺駅
祖谷口駅
角茂谷駅
土佐山田駅
西佐川駅


 善通寺駅は6.0kmで一致している
 祖谷口駅は営業キロ52.3kmだが、キロポストは52.0kmで、その差は0.3km
 角茂谷駅は一致しているように見えるが、実際の基準点はこのキロポストよりも0.1km手前なので、その分ズレている。
 土佐山田駅構内のこのキロポストも、基準点から0.1kmほど下り方(高知方)にあるもので、計算すると営業キロとは0.4kmのズレが生じている。
 西佐川駅は跨線橋脇に152kmのキロポストがあり、やはりこの駅も0.4kmずれている。

 ・・・という具合に、駅によって誤差がバラバラである(ように見える)。


 上記の通り一旦建植されたキロポストは原則としてその後移設されることはないので、現在設置されているキロポストは、過去のある時点での営業キロに基づいて設置されているはずである。
 となれば、そこに一定の法則性が見出せるのではないか、また一体いつの時点の数値を基準としているのか、と思ったのが、本項起草の元である。


 そこでまずは、過去において土讃線の改キロが行われた時期を調べ、その前後における営業キロ程の変化を調査した。

 以下、本項記載事項は客観的事実に基づいた個人研究の範囲であるとお断りしておく。


<1954年6月1日の改キロ>

 土讃線は線路付替等に伴う改キロが少なくとも過去2回行われている。

 特に1954年6月1日の改キロは、JTB刊行「停車場変遷大事典」(以下本項において「大事典」と略する)によると、坪尻〜窪川間の全駅、つまり土讃線の香川県内区間以外の全駅が対象となった。
 これは、同日に大田口〜土佐穴内間の和田トンネルが開通し、同区間のルートが変更されるとともに土佐穴内駅が移転したことによるものであるが、このときの改キロはそれ以外のかなり多くの区間に及んでいる。


 
 交通公社時刻表から、1950年と1956年の土讃線各駅の駅間距離を算出して比較した表。
 特に、阿波池田〜土佐山田間ではほぼ全ての駅間で改キロが行われているのが判る。

 (※)欄の「○」は「大事典」に記載があるもので、ほぼ全て該当するが、祖谷口駅と土佐岩原駅前後の変更については記載がない。


 大田口〜土佐穴内〜大杉間の改キロが、上記の和田トンネル開通&駅移転に伴うものである。

 祖谷口駅と角茂谷駅の前後の区間の改キロは、前後各0.1kmでかつプラマイゼロになるので、基準点の変更によるものと推定できる。その他の各駅も同様。
 具体的な基準点変更の理由は不明であるが、祖谷口・角茂谷の両駅は貨物扱所を新設または拡張した際の基準点変更をこの時に適用したのではないかと推察される。祖谷口は旅客ホームの下り方に、角茂谷は同上り方にいずれも線路方向に並ぶように貨物ホームが設置されていた形跡が今でも残っており、それぞれのプラスマイナスの方向が一致するので状況証拠となりうる。ちなみに祖谷口の貨物扱い廃止は1961年、角茂谷は1960年なのでこの当時はまだバリバリ現役である。
 また、多ノ郷は1942年に開設された土佐石灰工業専用線関連の施設が関係している可能性が考えられるのではないかと思う。
 他の各駅についてはよくわからないが、伊野は貨物扱い所の拡張分を移動したのではないかと思っている。

 阿波池田〜三縄間の改キロの理由は不明。前後の区間の改キロ行われていないまたは一致していないので、なんらかの線路変更かあるいは測定誤差の修正であろうか?


 阿波川口〜小歩危間の改キロは山城谷トンネル開通に伴うルート変更によるものと思われる。
 同トンネルは1950年11月開通であるが、大事典にはそのときに改キロを行ったような記載が無い。

 しかし、地図を見れば判るとおり、これだけのルート変更で距離が変わらないのは明らかに不自然である。
 従って、1954年の改キロでは、山城谷トンネル開通時に行われなかった改キロについても(4年弱遅れで)同時に実施したと見て良い。


 坪尻駅と新改駅の前後で合わせて0.3km距離が伸びているが、これはスイッチバック駅における営業キロ算定基準の取り扱い変更によるものである。
 即ち、従来はスイッチバック駅をスルーする前提で算出していたものを、停車する前提で引き上げ線等に入った場合のキロ程で算出するように変更となっている。両駅はいずれも下り列車が一旦引き上げ線に入ってから折り返して発着線に入り、出発するときはそのまま本線に出て行く構造で、上り列車の場合はその逆となる。このスイッチバック経路の距離を営業キロに算入する扱いとなった模様である。


 異質なのは土佐岩原駅で、数値を見るとあたかも上り方に0.5km移転したように見えるが、大事典に記載がないばかりでなく、手持ち時刻表では遅くとも1958年には何故か元に戻っており(1950年当時の駅間距離に戻っている)、またこのキロ程の示す場所は駅があったとは到底思えない川縁の絶壁であり、何かの手違いだった可能性すらある。
 
 可能性としては、1950年時点での営業キロから、祖谷口〜阿波川口〜小歩危間の1954年6月の改キロ(▲0.8km)をそのまま引き算してしまった、という単純ミスぐらいしか思いつかない。



<1986年3月3日の改キロ>

 土讃線で次に改キロが行われたのは、1986年3月3日である。

 このときは大杉〜土佐北川〜角茂谷間の大豊トンネル経由の新ルートが開通し、土佐北川駅が現在の第3穴内川橋梁上に移転して、同時に大王信号場が廃止となった。
 これに伴い大杉〜角茂谷間のキロ程が0.2km短縮され、同時に土佐北川〜角茂谷間のキロ程が0.2km伸びている。

 


 大杉〜土佐北川間では、1974年に大杉トンネル開通によりルート変更が行われているが、このときには改キロは実施されていない。ちなみに、この1974年にルート変更となったのは、大杉駅から現在の第4穴内川橋梁(大豊トンネルの北隣の橋梁)の北側までの区間(つまり第4穴内川橋梁は1974年時点で未開通)である。
 大杉トンネルは意外と内部がカーブしており、ルート変更によるキロ程の変化が実際になかった可能性もあるが、大杉〜土佐北川〜角茂谷間全区間の改良を一体の事業とみなして、それが完成した1986年3月3日時点で一括して改キロを行ったのではないかとも推察される(実際にどちらなのかは不明)。

 ちなみにこの線路改良区間の終点は、移転前の土佐北川駅の位置と一致する。



 土讃線においてはこれ以外にも、大歩危トンネルや周志トンネル掘削等によりルート変更が行われているが改キロは実施されていない。
 過去の主な線路改良完成時期と、その前後の時刻表を参照したキロ程の変化は以下の通りであり、大事典にも上記2つ以外の大きな改キロは記載されていない。

 



<歴史的背景と現状考察>

 ところで、日本の鉄道は当初はヤード・ポンド法を採用し、各種施設などもそれに基づいて設計されている。
 となると、キロポストも当初はキロポストではなくヤードポンドポスト(と実際に呼ばれていたかどうかは定かではないか、以下本項においてそのように記載する)だったはずである。

 日本の鉄道においては、ヤード・ポンド法からメートル法に移行したのは1930年。
 現在の土讃線・多度津〜須崎間が全通(同時に路線名を”土讃線”と改称)したのが1935年。

 このため、土讃線においても1930年6月に開業した角茂谷〜土佐山田間ではたとえば公称300Rとされているカーブも実際は302R(=990フィート)となっているが、1932年2月開業の大杉〜角茂谷間では端数なしの300Rや400Rなどという数値になっている。
 


 旧讃岐鉄道線区間は当然讃岐鉄道線としてのヤードポンドポストが設置されていたであろう。
 また、土讃線全通前に開業していた高知線区間も同様だったのであろうか?

 いずれにせよ、それまで設置されていたヤードポンドポストはメートル法への移行後に全てキロポストに取り換えられたはずである。
 つまり、日本の鉄道のキロポストは最古のものでも1930年以降に設置されているはず。



 ここで、改めておもな駅構内等にあるキロポストを見直してみる。
 香川県内区間(多度津から讃岐財田まで)は上記の通りそもそも改キロが行われていないので除外する。

 箸蔵駅上り方ホーム外れに35km(実際の基準点はこれより0.1km下り方)、佃駅駅舎すぐ横に38.5kmのキロポスト
 これらは1950年当時のキロ程と合致する。


 これが祖谷口になるとホーム下り方端に52.0kmのキロポストが立ち、この時点で1954年の改キロ(1956年当時の時刻表より)と0.3kmmのずれが生じてくる。

 さらに土佐山田まで下ると、ホームの下り方外れに111kmのキロポストがある(実際の基準点はこれより0.1km上り方)ことから、1954年の改キロ後の営業キロ(1956年当時の時刻表より)と0.6kmずれてくる。

 既述の通り、1954年の改キロでは、スイッチバック駅である坪尻と新改で、それぞれ営業キロが0.3km加算されている…


 !(ピコーン)


 つまり、今の土讃線のキロポストは1954年6月の改キロから、スイッチバック駅の経路重複分(坪尻と新改で各0.3km)を除外したキロ程が割り振られているのでは!!?


 そこで、その条件で現在の土讃線全駅のキロ程を計算してみた。
 ただし、既に述べたとおり1954年の改キロにおける土佐岩原駅前後の区間の改訂は、状況証拠的に明らかにおかしいので、それを除外した数値についても合わせて算出してみた。
 また、1986年に移設された土佐北川駅は移設後の現在の位置で算出。


 ↓以上の仮説に基づいて、土讃線のキロポストが示しているであろうと計算された各駅のキロ程数値が以下の表である。
 右側の方が、土佐岩原駅前後区間を修正した最終的な数値である。
 


 これ(右側の数値)を改めて、各駅構内等のキロポストの数値と比較してみると・・・

 坪尻駅は駅中心部に近い構内のポイント付近にに31.9kmのキロポストがある。一致!

 大田口駅構内の80km(基準点はこれより0.1km下り方)、大杉駅構内の87km(基準点はこれより0.1km上り方)、土佐北川駅の93.0km、角茂谷駅下り方の95.5km(基準点はこれより0.1km上り方)、西佐川駅跨線橋袂の152km、吾桑駅の163km、影野駅の190kmと、仮説を裏付ける画像しか出てこないw

 そして土讃線の終点である窪川駅は、上り方のホーム端に198.2kmのキロポストがある(基準点はこれより0.1km下り方)ので、これも見事に合致!!



 そして問題の土佐岩原駅についても、下り方のホーム外れに72.5kmのキロポストがあり、基準点を考慮すればこれも仮説による最終的な数値と完全に一致する!



 長年の疑問がようやく解氷した!!



<結論>

 以上のことから以下の結論を導き出した。


 土讃線の現在のキロポストは 「1954年6月の改キロを基準に、スイッチバック駅の経路重複分(坪尻と新改で各0.3km)を除外したキロ程」となっている。
 ・ただし、(大事典にも記載がない)土佐岩原駅の改キロは無視する。
 ・土佐北川駅は1986年3月の改キロを適用する。


 ということになる。

 従って、設置された時期については1954年前後ぐらいではないかと推察される。
 もちろん、土佐北川駅のものは1986年の改キロに際して設置されたものであろう。


 別の言い方をすると、現在の土讃線のキロポストは、

 ・多度津〜土佐北川間は実際の実キロを示している。
 ・土佐北川以遠ではキロポストの数値から0.2kmを減じた数値が起点からの実キロとなる。

 と言える。

 そして、現在の土讃線の営業キロは、実キロに対してスイッチバック駅の経路重複分が上乗せされていることも判明した。


 また、土讃線各駅およびその近傍のキロポストの数値を、時刻表掲載の営業キロから求める場合は・・・

 下り向きの項に記載の営業キロから多度津までのキロ程を減じたうえで
 ・坪尻 −0.2km
 ・箸蔵〜土佐北川間 −0.3km
 ・角茂谷〜繁藤間 −0.1km
 ・新改 −0.3km
 ・土佐山田以遠 −0.4km

 すればよい、ということになる。
 逆に現地のキロポストをもとに、多度津までの営業キロ程を求めるには、上記の数値をキロポストの数値にプラスすればよい。



〜追記〜

 以上のように、現在の土讃線のキロポストがいつ頃どの数値を根拠に設置されたのか? という疑問について、一定の結論を導き出すことができた。
 思っていたより比較的最近(最近?)になって設置されたものであるらしいことが、少々意外ではあった。


 スイッチバック駅の経路重複分を除外したという点については、起点からの実際の(物理的な)キロ程を定めるという点においては、明確かつ合理的であると思える。
 実際のところ、両駅ともに引き上げ線や発着線の線路脇にはキロポストは設置されておらず、本線脇にのみ存在する。

 また今回の考察により、現在の土讃線の営業キロ程はスイッチバック駅の経路重複分が加算された数値であり、両駅を通過する列車の実際の走行距離(実キロ)とは異なっている、という事実を知ることができた。

 四国以外のスイッチバック駅およびその路線の場合はどうなっているのか、少し興味がわいた。
 誰か調べてくれないかしら? (他力本願(笑



〜蛇足〜

 ところで、JR四国の他の路線の場合であるが、実は現在、予讃線と高徳線の起点である高松駅には0キロポストが存在しないのである。

 予讃線の現在のキロポストは、現在の設置状況を見る限りは、2代目高松駅と旧高松桟橋駅が合併移転した1959年9月15日時点に行われた改キロに基づいて設置されていると推察される。

 その高松駅は、2001年5月にサンポート地区再開発計画に基づいて4代目駅舎のオープンとともに移転し、0.3km下り方へ移動した。このため現在の予讃線と高徳線のキロポストは「0.3km」から始まっている。
 このほか予讃線では、坂出〜宇多津〜丸亀間の高架化および(瀬戸大橋接続のための)線路変更が1987年10月に行われ、この区間で0.4km距離が伸びている。

 現在の予讃線で見ることのできるキロポストは、全てこれら二点を反映したキロ程に合致するものが設置されており、その意味では土讃線よりもわかりやすくてすっきりしている。

 市販の時刻表で言えば、予讃線(宇多津駅前後の区間を除く)の場合は1959年10月から1987年9月までの号に記載されている営業キロが、また高徳線の場合は1959年10月から2001年4月までの号に記載の営業キロが、現在の両線のキロポストの数値と一致している。


 なお、JR四国内では予讃線と高徳線以外にも内子線についても、現在0キロポストが存在しない。


 蛇足のさらに蛇足であるが、基本的に各路線の起点側から「0」起算されるキロポストであるが、JR四国においては予土線が終点側から起算されている。


 線路脇に人知れずひっそりと建っているキロポストだが、このような趣味的見地もあると思いながら改めて見直す機会になれば、と思う所存である。



− 完 −




(参考文献等)
・JTB刊 停車場変遷大事典(国鉄・JR編)
・交通公社時刻表 関係各号
・JR時刻表 関係各号
・国鉄四国総局発行ポケット時刻表 関係各号
・国鉄史
・国土地理院地形図電子Map
・小学館 日本鉄道名所勾配曲線の旅(1986年刊行版)




検索サイトから直接来られた方は、ここをクリックしてTopに移動できます