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<JR四国の列車> 特急以外で、瀬戸大橋線快速を含む |
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快速「マリンライナー33・36号」 <JPEG/800×600/24bit/109KB> |
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予讃線 鬼無〜端岡間(2000年2月2日) 予讃線鬼無駅西方で離合する、快速マリンライナー36号 岡山行(左)と、同33号 高松行(右)。 この頃は日中毎時25分にこのあたりで待っていると、1時間間隔で全く同じ場所(まぁ、プラスマイナス50mぐらいの誤差はあるけど(^^; )で上下の「マリンライナー」の離合を見ることが出来た。JRの定時性の高さは恐らく世界一と断言しても良いが、これほどまで見事だと、感心するのを通り越して呆れてしまう(苦笑) 2000年3月改正では、「マリンライナー」も運転時刻が若干変わって、以前のように日中30分ヘッドになり、日中30分間隔で同じ場所で「マリン」同士が離合するようになった。 |
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![]() ↑ 前 後 ↓ ![]() |
土讃線 臨時試運転列車 試9281D <前:JPEG/1,024×768/24bit/129KB> <後:JPEG/1,024×768/24bit/127KB> |
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土讃線 讃岐財田駅(99年8月17日) 讃岐財田駅を通過する、2030形単行の高知行「試運転」列車。 早い話が、多度津工場出場車両の回送列車なのだが、試運転も兼ねて列車ダイヤ上は「臨時試運転列車」として1往復が設定されており、運が良ければかなり面白い編成を見ることも出来る。 画像は、単行尻切れトンボで高知へ向けて回送される、全検出場したばかりでピカピカのTKT所属2030形。 愛称名表示は当然、「試運転」である。 後ろの妻面には後部標識版も装備。妻面扉が封鎖されているが、この封鎖パネルは最初から標準装備されているもの。 |
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急行「よしの川」(上り) <JPEG/800×600/24bit/89KB> |
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徳島線 江口〜三加茂間(99年3月12日) 99年3月のダイヤ改正で、36年の歴史に幕を閉じた急行「よしの川」。 最終日は特別に、以前使用していた円形ヘッドマークを掲げたキハ58(575)+キハ65(44)によって運転され、鉄道友の会四国支部による特製ヘッドマークも掲出された。 写真は、三加茂駅近くの長善寺の桜に見送られ、文字通り最後の花道を行く、最終日の徳島行き上り急行「よしの川」。 |
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急行「よしの川」(下り) <JPEG/800×600/24bit/114KB> |
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徳島線 阿波加茂〜辻間(99年3月6日) 吉野川を横目に阿波池田に向かうキハ185急行「よしの川」 吉野川に沿って走っているイメージのある徳島線だが、実際に川を入れて列車を綺麗に撮れる場所は少ない。 写真はそんな数少ない場所である、徳島線 阿波加茂〜辻間を行く下り「よしの川」。画面下の「66」のゾロ目のキロポストがポイント(^^; |
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快速「マリンライナー5号」 <JPEG/640×480/24bit/62KB> |
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予讃線 国分〜讃岐府中間(98年12月24日) 予讃線国分駅の400Rカーブを通過する「マリンライナー5号」、同列車は下りの「マリンライナー」では唯一常時9両編成となる列車で、高松への通勤輸送を担っている。 この日は「サンライズ瀬戸」が15分遅延していたため、「マリンライナー5号」が「サンライズ瀬戸」より先行して走行した。 |
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快速「マリンライナー37号」 <JPEG/800×600/24bit/104KB> |
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予讃線 讃岐府中〜鴨川間(98年5月4日) 予讃線鴨川駅を通過する、「マリンライナー37号」高松行。 2/3両目は瀬戸大橋開通10周年を記念して、2両だけに施された記念ラッピング。 しかもこの列車、所定6両編成の後部に2両だけ213系を増結した珍しい8両編成で、「ラッピング」+「8連」という貴重なカット。 |
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6000系 観音寺行 1533M <JPEG/800×600/24bit/78KB> |
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予讃線 讃岐塩屋〜多度津間(97年12月31日) 97年の大晦日、岡山から観音寺へ直通する6000系普通電車1533M |
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121系6連 高松行 144M <JPEG/700×480/24bit/57KB> |
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予讃線 讃岐塩屋〜多度津間(93年1月2日) 93年1月2日の高松行普通列車1252M。 121系電車は1987年の登場以来、定期仕業で6両編成(3本併結)というのは未だに前例が無く、この日は正月3が日の増結措置による珍しい121系6連が実現した。 |
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![]() 「土佐2号」 ![]() 「土佐4号」 |
キハ58/65系 急行「土佐2号」(上) <JPEG/1,024×768/24bit/171KB> キハ58/65系 急行「土佐4号」(下) <JPEG/1,024×768/24bit/135KB> |
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<上>予讃線 国分〜讃岐府中間(88年8月8日) 瀬戸大橋開通ブームに沸いていた88年8月の急行「土佐2号」。 当時の四国急行基本3両編成の前後に、付属編成を1編成づつ増結した7両編成。 キハ65形を3両連結、キハ28形5200番台車(手前から4両目)は四国で唯一のユニットサッシ&車体構造変更の最終グループ車である5220号車、そして手前から5両目は多度津工業の生徒によるデザインカラーのキハ58形と、趣味的には結構面白い編成。 <下>予讃線 讃岐塩屋駅(88年8月8日) 同じ日に場所を変えて撮影した、急行「土佐4号」。 こちらは3色混色編成という、これまた趣味人好みの楽しい編成。 この列車も、2号車のキハ28−5200形がユニットサッシ車になっている。 先頭から2両目の4号車は現在のJR四国標準塗装のキハ65形だが、先頭のキハ58形は比較検討されたJR四国試験塗色車。 JR四国標準色の選定にあたっては、数パターンの塗色が試験塗装されて比較検討され、最終的に現在のカラーに決まったという経緯がある。 |
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211+213系 快速「マリンライナー11号」 <JPEG/1,024×768/24bit/80KB> |
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予讃線 国分〜讃岐府中間(88年8月8日) 瀬戸大橋開業ブームに沸く1988年8月、快速「マリンライナー」用として投入された213系はほぼフル稼動で旅客輸送にあたり、211系「ゆめじ」も動員された。 左は「ゆめじ」2両を増結し、途中の茶屋町駅や児島駅でホームをはみ出すほどの、堂々11両編成で予讃線を行く、快速「マリンライナー11号」高松行。 私の知る限りは、この11連が「マリンライナー」の最長編成記録である。 |
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DE10牽引 伊予三島行 直行貨物列車 <JPEG/1,024×768/24bit/127KB> |
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予讃線 讃岐塩屋〜多度津間(88年8月8日) 20両のワム80000形を牽引して伊予三島へ向かう、紙・パルプ輸送直行貨物列車の返空列車。 ワム車20両というのはDE10牽引列車としてはかなり長い部類になろう。 なお、四国には過去も現在もJR貨物所属機関車の配置が無いため、四国内はJR四国がJR貨物から貨物列車の運転を受託しており、当時はJR四国保有のDE10形が貨物列車を牽引していた(機関士もJR四国が担当)。 |
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117系100番台 瀬戸大橋線臨時快速 <JPEG/800×600/24bit/80KB> |
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予讃線 国分〜讃岐府中間(88年8月8日) 1988年4月10日に海峡部分が開業した瀬戸大橋線は、折からのブームに瀬戸大橋博覧会の開催とも相まって観光客が殺到し、定期列車だけでは乗客を輸送しきれない状態となった。 そこで117系や115系、111系を使用した臨時快速電車が岡山〜高松間に13往復設定され、網干電車区の117系100番台車も応援に駆けつけて急場をしのいだ。 ちなみにこの時設定された13往復の快速は、そのうちの5往復が博覧会終了後も毎日運転の臨時として残され、翌89年のダイヤ改正で213系による定期列車に格上げされた。 |
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キハ58・65系 急行「阿波1号」「よしの川1号」 <JPEG/1,024×768/24bit/105KB> |
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高徳線 徳島駅(87年4月9日) JR四国発足直後の徳島駅で並ぶ、急行「阿波」と「よしの川」。 86年11月改正でキハ185系が投入されたものの、予讃線以外では相変わらず急行列車が主力として活躍していた。 当時の高徳線も急行「阿波」の天下で、編成は2〜3両と短いながら、気動車急行としては当時国内最多の10.5往復が運転され、本数的にはこの頃が全盛期であった。 一方の「よしの川」は当時既に斜陽化して1日2往復のみの運転となっており、国鉄時代は頻繁に見られた「阿波」との「並び」シーンも、この1回だけになってしまっていた。 「阿波」の手前側1号車は、四国ではわずか2両しか存在しない希少車だった、キハ58形後期形パノラミックウィンドウの1100番台車。 なお、両列車とも2両編成だが、反対側先頭車はいずれも、予讃線急行運用を追われたキハ65形で、従来のキハ28形に比べて大幅なパワーアップとなった。 |
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