50系 欧風客車
「アイランドエクスプレス四国」


予讃線 多度津駅
1996年12月

 1987年、国鉄民営化と時を同じくして登場した四国では初めての本格的なイベント専用列車で、俗に言う「ジョイフルトレイン」

 当時大量の余剰車が発生していた50系一般型客車を種車にして1億5千万円(1987年1月8日付朝刊より)かけて改造し、国鉄民営化とほぼ同時にデビューした。
 同時に、専用機関車としてDE10形の1014号機と1148号機がほぼ同じカラーリングに塗り替えられた。

 なお、1014号機は1993年末で廃車となったため、1036号車が新たな専用機として塗色塗り替えのうえで運用に就いていた。


 編成は5両で、当時のパンフレットによると列車定員は128名、40インチプロジェクターTVや各種AV装置を搭載、床は絨毯敷きで360度回転式リクライニングシートが並ぶ、いわゆる「欧風客車」の類である。

 両端の車両はJRジョイフルトイレインでは初の開放展望デッキとなっており、南国らしさが感じられた(らしい)。
 足回りでは、ブレーキ装置の改良が行われて最高速度が種車の95km/hから110km/hに向上しているほか、冷房装置や各種電装品が多数搭載されたため、各車両の床下には廃車発生品の4VK発電セットが搭載された。
 暖房についても発電機で発生した電気を使用するため、改造種車には電気暖房付きの2000番台車が選択されている。

 1996年に大幅なリニューアルが行われ、設備が一部変更されているほか車体の塗り分けも変更が加えられていた。


 登場から12年が経過した99年の5月一杯で現役を引退した。

 理由は色々あるが、他の列車の高速化に伴って足の遅い客車列車ではダイヤが組みにくくなったことや、牽引するDE10形ディーゼル機関車が老朽化したことなどが挙げられる。


1号車2号車3号車4号車5号車
形式オロフ50−1オロ50−1オロフ50−3オロ50−2オロフ50−2
(種車)オハフ50−2376オハ50−2249オハフ50−2378オハ50−2250オハフ50−2377



お揃いカラーの専用機・DE10形のプッシュプルで
牽引される「アイランドエクスプレス・四国」(旧塗装)
予讃線 多度津駅
1991年1月3日



予讃線 多度津駅
1987年4月8日

 5号車・オロフ50−2の妻面の銘板。
 当時多度津は工場ではなく車両所と呼ばれており、その銘板が今となっては逆に希少。

予讃線 多度津駅
1987年4月8日
 1号車と2号車の連結面。
 1号車・オロフ50−1の前回の全般検査を担当した松任工場の検査表記が、これまた今となっては貴重。

予讃線 多度津駅
1987年4月8日

 中間の3号車・オロフ50−3。

 登場時は側面の塗り分けがスラント状になっており、どちらの側面から見ても1号車側から5号車側に向かって上っていくデザインとなっていた。
 従ってこの画像では、向かって左が1号車側となり、通常と逆向きになっているが、四国内をあちこち走り回るこの車両ではよくあることであった。

予讃線 多度津駅
1987年4月8日

 側面の幕は、基本的に常にこの表示であった。

予讃線 多度津駅
1996年12月

 1996年のリニューアル後はスラントが無くなった。



登場時のパンフレット(一部)



 余談だが、「欧風客車」は西日本に多く、JR西日本・四国・九州のジョイフルトレインは殆ど全てこのタイプ。逆にJR東日本など東日本のジョイフルトレインは畳を敷いたお座敷式(いわゆる「和式客車」)が圧倒的に多く、JR東海には両者の折衷型が存在しており、東西の文化や嗜好の違いが現れていて面白い。


形式
オロフ50形
オロ50形
寸法

20,000 mm

2,893 mm

3,895 mm
重量
31.5 t
33.2 t
車体
普通鋼
ブレーキ方式
CL
ブレーキ装置
踏面両抱
台車形式
TR230
許容最高速度
110km/h
車体構造・客室
1扉リクライニング
乗車定員
33
21(20)


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