14系座席客車


高松運転所ふれあい祭りで公開されていたトップナンバー車3両
2011年10月22日



 14系客車は、1958年に「あさかぜ」として登場した20系客車が、相対的な居住性悪化やアコモデーションの陳腐化などの他、寝台の設置などの諸作業が全て手動であるなど効率が悪いため、これらの抜本的な解決を目的として、1971年にまず寝台車が登場した。

 台車やブレーキなどの走行機器の他、発電用エンジンや基本的な車体構造は、1969年に団体用ならびに急行用として登場していた12系をベースとしており、併結運転も可能である。


 そして1972年に座席車バージョンが登場。
 室内設備は、同時期に登場した183系特急電車と同等で、回転式の簡易リクライニングシートがシートピッチ910mmで並び、混雑時を考慮して出入口扉は2カ所設置された。
 また、大型の携帯品が置けるように、トイレと洗面所の反対側出入台近くに大型携行品置き場が設けられている。

 車掌室付きで自車を含めて6両まで給電可能な発電セットを搭載するスハフ14形、車掌室付きでエンジン無しのオハフ15形、中間車のオハ14形の3形式があり、1974年までの間に合わせて325両が製作されて、四国を除く各地で臨時特急列車などで波動輸送に活躍した。

 その後は特急形の電車&気動車の増備などにより、12系と同様に余剰車が発生し、特にJR移行期以後はいわゆるジョイフルトレインに改造された仲間もかなり多い。



 2005年5月に四国にやってきたのは、スハフ14/オハ14/オハフ15の各トップナンバーと、JR東海のジョイフルトレイン「ユーロライナー」と同じ色に塗装されたスハフ14−5の4両で、JR東海で廃車処分となったものをタダ(?)で譲渡されたもので、そのためか車体妻面の「東海旅客鉄道」の銘板は既に外されている。

 当初はスハフ14−5がユーロライナー塗装であったが、後日通常塗装に戻され、現在は4両全てが通常塗装となっている。
 配置は当初から高松運転所であるが、2012年頃からは実質休車扱いとなっており、近年の本線営業走行の実績はない。

 なお、四国配置の14系は「ムーンライト高知/松山」に使用されたことはない。
 これは、四国配置車が元々評判の悪い簡易リクライニングシートであるのと車両使用料等の関係で、四国が14系を導入した当時既に通常のリクライニングシートに交換済みのJR西所属車を借用使用する方が都合が良かったためと思われる。


 2015年12月に、同じく高松運転所に留置されていたキロハ186−1などと共に多度津に向けて回送された。

 2016年にこの4両の14系は全車が東武鉄道に売却され、残っていた2両の12系とともに9月28日に東へ旅立っていった。



スハフ14−5がまだユーロライナー塗装だった頃、
高松運転所で留置中の14系

2005年6月4日(下3枚とも)

今回の譲渡車は元美濃太田配置車
JR東海の銘板は既に外されている
左:オハフ15−1
右:スハフ14−5

4両のうちの3両がトップナンバー


・・・マニアックだなぁ(^^;

車体外販は既に継ぎ接ぎが多い
後に、4両全てブルトレ色で統一された

高松運転所
2008年1月13日



譲渡後まもなく、JR西日本から借用したC56形の牽引で運転された「SL義経号」の客車として使用された

2枚とも
予讃線 宇多津〜丸亀間
2005年10月29日



客室内の様子
2011年10月22日
高松運転所ふれあいまつりにて


 国鉄時代の標準であった、簡易リクライニングシートの並ぶ客室。


 14系座席車の特徴である、客室端部の大型荷物置き場。

 画像はオハ14−1。

 大型荷物置き場は、オハ14/スハフ14/オハフ15形のいずれも、トイレの無い側に設けられている。



形式スハフ14オハフ15オハ14
製造両数
63
53
209
寸法21,300 mm
2,993 mm
4,090 mm
(屋根高さ:3,520 mm)
重量35.2 t30.5 t29.7 t
発電機形式
DM93
(210 kVA)
発電用エンジン形式
DMF15HZ-G
ブレーキ方式CL
ブレーキ装置 踏面両抱
レジン制輪子
台車形式 TR−217D
TR−217C
冷房装置
AU13 × 5
許容最高速度110km/h
車体構造・客室 普通鋼製 2扉
回転式簡易リクライニングシート
(シートピッチ:910 mm)
乗車定員6472

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