四国を駆けた郵便荷物気動車


 四国は昭和30年代の初期、無煙化のモデル地区として当時の新型ディーゼルカーが大量に投入された「近代化先進地」であったことは、既に別項で述べた。
 その頃は鉄道による郵便荷物輸送も多く、特に地方線区での郵便・荷物輸送を行うに当たり、その車輌をどうするかという問題が出てきた。


 郵便荷物輸送のために新たに車輌を新製するのは得策ではなかった。そこで当時余剰気味となっていた客車や気動車を郵便荷物車に改造して使用することになり、郵便荷物気動車(客車)が登場することとなった。

 四国の場合、気動車が大量投入されていたという事情があったため、気動車を改造した個性的な郵便荷物車が数多く存在した。




※ちょっと注釈※
〜形式の見方〜

 形式のカタカナ表記の「ユ」は郵便車「ニ」は荷物車で、例えば荷物専用気動車なら「キニ○○」という形式になる。

 だから「キユニ○○」という形式なら、車体の一部が荷物室と郵便室に別れている気動車という事で、郵便物の普通荷物の両方を積載できるという事。

 ちなみに「ハ」は普通客室で、「キハユ○○」だと、車体の半分が普通の客室で残り半分が郵便室ということである。
 このように異なる種類の用途の小部屋をいくつか持っている車輌のことを「合造車」と呼ぶ。

 また、2桁の形式番号の50台はエンジンを2台搭載した勾配線区向けの車輌、50未満は1台エンジン車であることを表す。




昭和55年8月
土讃本線 讃岐財田駅(241D)

全国でも四国にしか存在しなかった珍車
キユニ15形
昭和61年3月23日
予讃本線 松山駅
キニ56
その数、全国でわずか5両という希少車だった
キニ56形


 上写真左は、昭和30年前後に製造されたキハ10系の中間車、キロハ18形を改造したキハユ15形を更に再改造した郵便荷物合造車キユニ15形。

 種車が中間車であるために前面強化改造が施されているほか、改造費低減のために種車の出入り口ドアのあった部分の出っ張りがそのまま残されたため、正面から見るとまるで鬼が牙をむいたような特徴的なスタイルをしていた。

 全国でも四国に5両しか存在しなかった珍車である。
 また、これの荷物専用車バージョンであるキニ15形も2両存在していた(これも四国だけにしかいなかった)。

 後継車種であるキユニ28・キニ28形の登場により、キニ15/キユニ15共に昭和56年までには全車廃車となった。



 右側は、昭和31年に準急用として登場したキハ55系の2台エンジン搭載車キハ55形を改造した荷物気動車キニ56形。
 側面窓は種車のモノがそのまま生かされており、上の車輌は一段上昇窓になった後期型が種車であると判る。

 この車輌、改造両数はわずか5両。全国でも茨城県の水戸機関区に3両、そして四国の高松運転所に2両だけが存在していたという希少車であった。



昭和61年1月1日
土讃本線 金蔵寺〜多度津間(202D)
キユニ26−1
郵便荷物気動車としてはポピュラーな存在
キユニ26形
写真は初期の車両
昭和59年5月
土讃本線 讃岐財田駅(241D)
キユニ26−22
踏切事故に備えた前面強化工事が施された後期の
キユニ26形


 上は、全国的に勢力を広げていた郵便荷物合造車キユニ26形で、種車はキハ55系の1台エンジン搭載車キハ26形。
 昭和48年から55年にかけて25両が改造され、四国にも最盛期は約10両が在籍していた。

 左側は、比較的初期の車両を改造した「キユニ26−1」(つまりトップナンバー)で、側面窓が通称「バス窓」と呼ばれる固定式の小窓の付いた車輌で、わずか2両しかいないという希少車であった。

 右側は通常の一段上昇窓のモノを改造したタイプで、踏切事故に備えた前面強化工事も施されている。


 キユニ26形は数が多いことから、改造種車にもいくつかの種類があり、それによって同じ形式でも窓や扉の配置が異なっていて結構面白かったものである。


昭和59年1月
予讃本線 多度津駅(143D)
キニ26
キニ56並の希少車
キニ26形
昭和58年3月
予讃本線 高松駅(202D)
キユニ28−22
キユニ26形と並んでポピュラーな存在
キユニ28形


 上写真左は、キユニ26形の荷物専用車バージョン(キニ56形の1台エンジンバージョンと言うこともできる)である、キニ26形。
 昭和48年から50年にかけて4両が改造された。種車はキユニ26形と同じくキハ26形で、最終的にはこのうちの3両が四国で活躍していた。

 外観はキユニ26と極似しているが、荷物車であるために郵便物の仕訳棚がないため、側面窓がキユニ26よりも多い。



 右はキハ58系のグリーン車、キロ28形を改造して登場したキユニ28形である。
 もっとも、車体は新たに新製し、それにキロ28形の足回りを履かせた「車体更新改造車」である。

 キハ10系改造の古い郵便荷物車の代替として昭和53年から59年にかけて28両が製作された。

 これの荷物専用車バージョン、キニ28形も5両が存在(うち3両が四国に在籍)し、これらの登場によりキハ10系改造の郵便荷物車、キユニ15/キニ15形は姿を消した。



昭和59年1月
土讃本線 讃岐財田駅(238D)
キユ25−2
珍しい郵政省所有の私有郵便車
キユ25形
四国にしかいなかった
昭和60年3月
土讃本線 讃岐財田駅(238D)
キユ25−4
これはその後期形
パノラミックウィンドウを装備


 これも、全国でも四国に4両しかいなかったという珍車、キユ25形。

 この車輌、郵政省所有の私有車であったばかりか、登場当初から冷房装置を搭載し、加えて郵便荷物気動車としては唯一の新製車(全て新しく作られた車輌)で、しかも塗色は急行色という、これを撮るためだけに四国に来るファンもいたほどの四国名物の珍車中の珍車であった。


 左写真は昭和40年製の初期の車両で、2両が存在していた。
 右は、キハ58系マイナーチェンジ車と同様にパノラミックウィンドウスタイルとなった後期型で昭和45年に2両が登場。





 四国にはこのほかにも、キニ17形、キニ05形、キユニ07形といった「四国だけ」という珍車がいくつか存在し、中でもキニ19形は全国でも1形式1両のみという、超希少車であった。

 が、残念ながらこれらの車輌については比較的早い時期に姿を消してしまっているため、私の手元には写真が残っていない。

 また、「気動車王国」らしく普通列車はもちろん急行列車にも郵便荷物車が連結されて、ヘッドマークを掲げて四国内を縦横無尽に走っていた。


 そんな郵便荷物気動車も、昭和59年の荷物輸送廃止、そして翌60年の郵便輸送廃止によって四国はもちろん、全国からも姿を消した。

 ごく一部の荷物客車は配給車や救援車の代用として今も生き延びているが、郵便荷物気動車にはそのような選択肢は与えられなかった。

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